Masuk俺は自宅の庭で頭のおかしい聖職者から、これまた有難くもないイカレた説教を聞かされ、うんざりしながら庭を後にした。
森を抜ければ、外はすっかり夜明け前の景色だった。
冷たい空気が肺にしみて、やけに生きてる実感がある。……徹夜で死闘のあとに実感なんざ、いらねぇんだけどな。
儀式の余波も気になるところだが――「守りは任せろ」とか言ってたんだから、任せてもバチは当たらないだろう。
それでも、やっぱり気になってしまうのが俺の悪いところだ。
そうぼやきつつ、馬を繋いである場所へと足を向けた。「おっ! ちゃんと待ってるじゃねぇか」
この馬は賢い。
それはもう、ナックよりは賢いんじゃないかと思うくらいには賢い。たてがみを軽く撫でてから、その背に跨る。
「んじゃ、帰るか」
朝日を横目に、ペテルを目指背負い袋をあさって、飯を取り出す。 テッタの唐揚げは土産だから……これしかないか。 黒パンを片手に、辺りを見渡す。 この辺も変わってねぇなあ。 見渡す限り、森、森、森……まぁ、全部、緑色だ。 とはいえ、木は木でも、実はみんな結構違うもんだ。 それを目印に進んでるんだけどな。 方向感でいえば、実家の場所はすぐわかる。 なんでかって? 魔力感知をして、こんなに離れていてもわかるほど、馬鹿デカイ魔力がある方向に向かえば――だいたい家に辿り着く。 な、簡単だろ。 さてと、ミミズちゃんは居なくなったようだ。 遠くで地竜の鳴き声が聞こえたが、こっちには来ないだろう。 あいつらは知性がある。 わかっているから、魔女の縄張りには入って来ない。 ……身の程をわきまえてるんだよな。 魔鳥の鳴き声も、もう聞こえない。 ……このまま行くか。 辺りはすっかり日も落ち、夜の森が近づいてくる。 夜は魔物も活発になり、危険だ。 この辺りまで来ると、もう魔物界の強者がゴロゴロしてる危険地帯。 上級冒険者のパーティーを、即座に壊滅に追い込むような魔物だらけだ。 伝承に登場するような魔狼の遠吠えが響く。 異様にデカイ影が横切り、見上げれば大きな飛竜が夜空を舞っていた。 視線を戻し辺りを見渡せば、一見、幻想的にも見える美しい光――だがその正体は幻魔の類だ。 ……伝説のオンパレードだな。 例外はあるが、知性のある魔物ほど俺に襲いかかって来ない。 なんでだろうな。 魔女の知り合いだからなのか……それは不明だ。 だが、何か報復を恐れているような、そんな感じがする。 知性があると言えばドラゴンだが……あいつらは魔物なのか、別の生物なのかは、いま
報告を終えると、俺は自由の身になった。 自由最高っ!! これでやっと、ゆっくり寝れるぜ。 でもおかしいよな。 ゆっくり寝るために、仕事してるんじゃねぇっての。 そんなことを心の奥でぼやきつつ、テッタの食堂へ足を向ける。 もう昼飯食って、寝るに限る。 そんでもって翌日。 俺は晴れて休日を手に入れた。 なんと十日も。 課長からすれば、それに値する働きだったのだろう。 だが、よくよく考えてみると、霧の森から命懸けで任務をこなして帰った報酬が、休み十日分ってどうなんだ? 冒険者なら金貨の山を抱えて帰ってる案件だぞ、これ。 傭兵なら一週間は酒と女で豪遊だ。 俺? 布団と枕が豪遊先ってわけだ。 なので俺は決めた。 休日初日。 俺は旅に出ることにした。 別に本気で各地を回る気じゃない。 ただの帰省だ。 課長に許可をもらい、十日で帰る予定。 仲間に挨拶を済ませて、いざ実家へ。 南門をくぐり、街道を進む。 夏の匂いが濃くなってきて、草木は青々と茂り、道端には小さな花が揺れていた。 ……前に帰ったのは三年前か。 母ちゃん、ちゃんと飯食ってんのかな。 それだけが心配だ。 俺がいなくなった途端、味付けなしの素材をワイルドにむさぼってる生活に戻ってなきゃいいが……。 ……ネギとしめじは庭で採れるだろ。あとは……。 ああ、母ちゃんがまともに食う食事ってな、なぜか蒸し鶏なんだよ。 初めて作った時にな、妙に気に入ったらしくて、そればっか食うんだ。 ……味覚が変わってなきゃいいけどな。 服も……洗濯してるよな? またカビだらけになってたら、俺、発狂する自信があるぞ。
馬を預けて通りを進む。 あちこちで片付けや消火が続いていて、街全体が疲れ切ってるのがわかる。 けれど、不思議とみんなの顔は晴れやかだった。 ギルドの前で、笑顔満点のカエデとテッタが大きく手を振っているのが見えた。 元気そうでなによりだ。 酒場の前では、渋い二人。 ジョナスとゼットが俺の顔を見て頷いた。 ……二人ともサンキュー。助かったよ。 食堂の前で立ち話していたタマ婆さんとハクユウがこちらに気づくと、よくやったとばかりに静かに頷いた。 その様子に、俺も手を上げて応じる。 ……こっちも、随分助けられたしな。「アルさん、おかえりなさい」 「アル兄、おかえり。今、朝飯作ってくるからな。中で待ってろ!」 「おう、ただいまだな」 ありがてぇ、ありがてぇ……。「課長が、アルさんが戻ったら……報告書、書かせておけって」 「……はいはい。やりますよ」 ◇ ◆ ◇ テッタの用意してくれた朝食を片手に、報告書を書き殴る。「アルさん、結局コレル神父ってどこに行ったんですかね?」 カエデが首を傾げながら、聞いてきた。 ……ああ、そうか。 森でコンニチハしたの、こいつらは知らないんだったな。「コレル神父か。あいつな、俺を追ってきて『鍵返せ~』って騒いでたんだが……魔物に連れてかれちまったよ」 柔らか~く、カエデにはそう伝えた。 カエデは「うわぁ……」と引いた顔をしていたが、まぁ事実をそのまま伝えたら卒倒しかねない。 これくらいで正解だろう。「カエデ、受付はいいのか?」 「う~ん、たぶん二、三日は皆さん来
俺は自宅の庭で頭のおかしい聖職者から、これまた有難くもないイカレた説教を聞かされ、うんざりしながら庭を後にした。 森を抜ければ、外はすっかり夜明け前の景色だった。 冷たい空気が肺にしみて、やけに生きてる実感がある。 ……徹夜で死闘のあとに実感なんざ、いらねぇんだけどな。 儀式の余波も気になるところだが――「守りは任せろ」とか言ってたんだから、任せてもバチは当たらないだろう。 それでも、やっぱり気になってしまうのが俺の悪いところだ。 そうぼやきつつ、馬を繋いである場所へと足を向けた。「おっ! ちゃんと待ってるじゃねぇか」 この馬は賢い。 それはもう、ナックよりは賢いんじゃないかと思うくらいには賢い。 たてがみを軽く撫でてから、その背に跨る。「んじゃ、帰るか」 朝日を横目に、ペテルを目指して馬を飛ばす。 街の輪郭がぼんやりと見え始めた頃――異変に気づいた。 城門前に、やけにでかい影がいる。 ……おかしいな。 残業で徹夜して、出張に行って帰ってきたら、後処理が待ってました――そんな気分だ。 ◇ ◆ ◇ 城門前のデカい影。 近くまで来るとよくわかる。 鈍重そうに動くその巨体は、朝焼けの光に照らされてもなお異様だった。 皮膚はまだらに裂け、肉塊のように膨れあがり、まるで人間の手足や胴体を無理やり繋ぎ合わせたかのような……。 吐き気が込み上げる。 見間違いようがない。 おそらく、儀式の余波で生まれた化け物――フレッシュゴーレム。 吐き気をこらえながら、俺は身体強化した目で遠巻きに観察する。 城門は固く閉ざされたまま。 門の前での戦
俺は素早く印を結ぶ。 指先が震える暇もなく、覚えた形を次々と組み合わせていく。 霧の森の湿った空気が、掌の熱に反応してざわつくのがわかった。 霧の魔女の神話めいた言葉。 「掛けまくも畏き、常闇の淵に坐す荒御魂の神よ……」 言葉が霧に溶けていき、木々の間を這うように広がる。「千代に潜みて人の嘆きを糧とし、万代に囁きて血を欲したもう御身。 祓へ給へ、清め給へ――されど、その祓いは命を贄とし、 その清めは魂を削りて成すものなり」 紡ぐ言葉が終わるたびに、地面の震えが少しずつ大きくなっていくのがわかる。 霧が震え、葉がさざめき、遠くで怯えた獣が一声上げた。「ここに我が血を以て枷を解き、我が声を以て門を叩く。 枉れる鎖を断ち、虚無の扉を穿ち給へ」 神父の顔に、初めて——本物の驚きが走るのが見えた。 彼の口元がぴくりと動き、何かを否定するかのように手を上げる。 だが、いまさら言葉を重ねても遅い。 俺がここで出した符印と声は、もう後戻りできないところまで魔を呼んでいる。 ……ほら、祈れよ。お前の信じる神ってやつに。 「闇より這い出で、災厄を連れ、我が呼び声に応え給へ――」 やがて霧が濃密になり、視界が滲む。 光が吸われていくかのように、周囲の色が抜け落ちていく。 音が止み、静寂が辺りを包む。 それは、何かが来る合図。 霧の中心から黒い穴のような影がひとつ、ゆっくりと姿を現した。 形容し難い生物の輪郭が、吸い込むように周囲の霧を引き寄せる。 轟きながら、刃にも牙にも似た無数の口が重なり合う。 まるで、生きた深淵が這い出してくるようだ。 「来い、食らう者よ――」 俺の声
「随分と手の込んだ仕掛けだったな?」 「ええ。何年も前から準備していた――大事な儀式だったのですよ」 大事な儀式、ね。 鼻で笑いたくなる言い草だ。「一体、何を呼ぼうとしたんだ?」 「そこまで知っているのですね」 「ああ、うちにも優秀な奴がいてね」 ゼットの顔が脳裏をよぎる。 やっぱり、あの推測は当たってたか。「セイラム聖王国が神と呼ぶ存在……本当に神だと、あなたは思っているのですか?」 ……なんだ? いきなり説教か?「さぁな。神様なんて、そこら中にいるんじゃねぇか」 「……素晴らしい考え方ですね」 あ、肯定されちまったよ。 こっちとしては軽口のつもりだったんだが。「別に神は唯一神のみではない。他にも多く存在するのです」 「へぇ~、それで?」「それを信仰することを、聖王国は許さない……これは間違っていると思いませんか?」 「まぁ、言わんとすることはわかるぜ」 神父の言葉は妙に滑らかで、耳に入ると理屈が通っているようにも思える。 ……だからこそ、厄介なんだよな。「それなのに、他の信仰を異端と断罪し、裁くのです」 「まぁ、そうだな。よく聞く話だ」 「でしょう? だから、正すのです。我々の手で」 ……ふーん。 つまり、どんな犠牲も厭わないって話か。 考えるだけで、自分でも寒い気分になる。「なら、それで巻き込まれた罪のない人々はどうするんだ?」 問いに、神父は少しも躊躇せずに答えた。「必要な犠牲です」 その言葉は、まるで最も当然の理屈のように霧の空気に溶け込んだ。 俺は目の前の人物が
胃がきゅっと縮む音が、自分で聞こえた気がした。 先頭の一匹が鼻を鳴らした瞬間、地面が揺れた。 ドドドッと一直線、丸太みたいな胴体が突っ込んでくる。「っとと!」 ほいっと身をひねって避ける。 掠める風圧で背中が熱くなる。 柵どころか、家一軒くらい簡単に持っていきそうな勢いだな、これ。 振り返る間もなく、二匹目が蹄を掻き鳴らす。 完全に突進モード。 ……匂いじゃねぇ。こいつら、こっちを見て狙ってやがる。「夜行性じゃなかったのかよっ!」 昼間からギラついた目で狙ってくるワイルドボアなんざ、教本に載せたら赤点食らうレベルのイレギュラーだ。 二匹目の突進も、ギリギリで
森に入ると、空気がひんやりと冷たくなった。 まだ昼前で陽は高いのに、枝葉が重なり合って光を遮っている。 木漏れ日がまだらに揺れて、なんだか犯人探しにぴったりの舞台装置ってやつだ。 足元にはさっきの蹄跡。 土が柔らかいせいで、くっきりと残っている。 だが、それも長くは続かない。 奥に進むにつれ、草木がやたらと生い茂ってきた。 足跡そのものは見えなくなったが──代わりに、踏み倒された草の方向が目印になっている。 葉が擦れた痕、枝が折れた角度。 でかい獣が突っ切った通り道ってのは、素人でもわかるほど派手だ。 俺は枝をかき分けながら苦笑する。「……まるで自分で『こっちで
南へ歩くことしばし、見えてきたのは小さな集落。 家が十軒そこら、寄り添うように建っている。 煙突からは白い煙がのぼり、子供たちが追いかけっこをしている。 平和に見えるが、依頼書の被害報告はここのことだ。「お~い、ギルドの人かい?」 声をかけてきたのは、腰の曲がった農夫。 顔色は冴えない。 俺が頷くと、村人が集まってきて口々に説明を始めた。「最初は豚だ。一昨日の晩にやられた」 「うちじゃ翌日に山羊がやられてな」 なんとかしてくれ。 今にも、そんな言葉が出てきそうだ。 それを調査しに、来ただけなんだが……。 そう思って、辺りを見渡す。 ……死骸がないな。やっ
翌朝。 はい、今日も元気にお勤めです……いや、元気なのは街の方で、俺じゃないけどな。 ……また、ひどい顔だ。 鏡の中で、眠れぬ夜を引きずった目がこちらを睨み返していた。 黒い髪も乱れ放題。 どう見ても「仕事ができる人間」には見えないね。 支度を済ませて宿舎を出ると、すでに通りは人でごった返していた。 パン屋の小僧が火魔法で窯に火をつけ、大工は風魔法で木屑をぶっ飛ばしている。 向かいの主婦は水魔法で桶に水を張りながら、隣と世間話。 戦場じゃ殺し合いに使われる力も、ここじゃ炊事洗濯の延長。 便利だよなぁ。 俺の世界にも欲しかったよ。 で、石畳を抜けてギルドへ。 朝っぱ







